自動運転の新基準は日本政府の過剰規制じゃない

2017年10月13日にこのような記事が公開されました。

www.nikkei.com

この記事の「自動運転、手離し65秒で手動に」というタイトルをぱっと見て、

それって「自動運転」じゃないじゃん!日本のお役所がまた面倒な規制をかけちゃって……

と思った方も多いと思います。

自分も気になって調べてみましたが、結論から言えばその考えはおそらく誤解です。 この新基準はむしろ規制緩和(正確に言えば時代に合わせた規制の適正化)といってもいいかと思います。

ここでは、新基準の背景や意義について調べた内容を説明していきます。

何を調べるのか

まず調べる点をはっきりさせておきます。

  1. 「手離し65秒で手動に」という規制は過剰なのではないか
  2. この規制は国際的にみても過剰なのではないか

ということを思われた方が多いと思います。それらの推察が合っているのか調べてみます。

記事をしっかり読んでみる

まずはタイトルだけではなく、記事をちゃんと読むことにします。それを要約すると、

  • 自動運転車に関する初の安全基準導入
  • 手放し運転による事故防止が狙い
  • 国際基準に合わせ保安基準を告示
  • 65秒以上手放しで手動に切替
  • 自動駐車は10km/h以下で走行
  • 今後自動運転による車線変更に関する基準を策定

となるでしょうか。ここで大事なのは国際基準に合わせという部分です。 つまり、日本政府が国際的にみても過剰な規制をかけたわけではなく、国際基準がそういう規制になったので日本も合わせた、ということです。

これで、最初に挙げた論点のうち、国際的にみて過剰な規制なのではないかという点はどうも違うぞ、ということが分かりました。

では、次に「手離し65秒で手動に」なるのは過剰規制なのではないか、という点についてさらに調べていきます。

基準改定前の状態を確認

そもそも、改定前の国際基準では上記で述べたような自動操舵機能を時速10km超での使用することが以下のように禁止されています。

Whenever the Automatically Commanded Steering function becomes operational, this shall be indicated to the driver and the control action shall be automatically disabled if the vehicle speed exceeds the set limit of 10 km/h by more than 20 per cent or the signals to be evaluated are no longer being received.

自動命令型かじ取機能が作動しているときは常に、本機能は運転者に表示されるものとし、また車両速度が設定限度の時速10km/hを20%以上超えた場合又は評価信号を受信しなくなった場合に、当該機能は自動的に無効になるものとする。

いやレーンキープアシストシステムやプロパイロットは使われてるじゃん、と考えると思います。なぜ日本でそれらの機能が使えるかと言えば、国土交通省が国際基準の適用を猶予しているためです。

response.jp

つまり、基準改定前は、完全自動運転を議論する以前の問題として自動ハンドル操作さえ国際基準で許されないが国土交通省が特別に許している、という状態になります。

基準の中身

今回改定の基準の中身について調べていきます。

最初の前提知識となる自動運転のレベルの話から始めます。

自動運転のレベルについて

聞いたことがある方も多いかと思いますが、自動運転はシステムの介入度や責任分担によってレベル0からレベル5までの6段階に分類されています。下の2つの資料でサクッと説明されています。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/dai71/siryou3-2.pdf

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http://www.forum8.co.jp/fair/image/design-fes2016/day1/lecture02.pdf

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ざっくり言うと、事故が起きたときにレベル2まではドライバーが責任を取るが、 レベル3以上はシステムが責任を取る、ということです。

現在、日本国内で実用化されているのはレベル2までです。 レベル1の具体的な機能としては自動ブレーキやアダプティブクルーズコントロール(ACC)、レーンキープアシストシステム(LKAS)、レベル2はセレナのプロパイロットなどが挙げられます。

基準の前提と対象

このレベルの話を踏まえて基準の中身を確認します。

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先程のpdfには上で示したスライドがあります。

まず、今回の基準の前提条件は、レベル2です。つまりドライバーが責任を持つような「自動運転」を想定しています。

その前提の元で、運転支援システムを5つの種類、7つのカテゴリーに分けています。 その中で今回の基準化の対象になっているのは補正操舵のCorrective、自動駐車等のCategory A、ハンドルを握った状態での車線維持のCategory B1です。 それ以外は基準化さえされていません

なんとなく、分かってきたでしょうか。最初の記事で紹介された基準はハンドルを握った状態での車線維持を行える自動車に対して適用される基準なのです。 逆に言えば、その自動車で使用される自動運転技術はハンドルを握っていないと運転できないようなレベルである、少なくともハンドルを離すことは想定されていないということです。例えば、日産セレナのオートパイロットのようなものです。

車線維持をしてくれるが手離し運転はできないような自動車の国際的な安全基準は今までないどころか、上述のとおり自動操舵機能自体が禁止されていました。 しかし、それでは技術開発の進展に追いついていないということで、新たに手離しをしない車線維持機能等を認めその基準を作ることにしたのです。

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車線維持機能を持つ自動車が満たすべき要件の概要は上のスライドにあります。車線維持機能の性能基準やドライバーがシステムをON/OFFできるようにすることに加えて、運転者がステアリングを握っていることを検知する機能を備えることが要件とされています。

それは手離し運転を想定していない自動車である以上当然のことと言えます。現状でも自動運転機能を過信して事故を起こすケースが起きており、そのような事故を防止する機能は確かに求められています。

そのために、手離しを防ぐハンズオフ警報を義務化し、手放しから最大30秒で警報表示と警報音が鳴り、その警報音が30秒以上続く場合にはそこから5秒以上の緊急信号で警報したうえでシステムがオフになるようにしました。確かにこの数値を合計すると65秒になり、最初の記事の数値と一致します。

報道発表資料や元の国際基準を見てみる

新聞の報道は省庁が出す報道発表資料を元にしている場合が多いので、その元ネタを探してみます。それが下のページです。

www.mlit.go.jp

このページの別紙の中に次のような文言があります。

自動操舵機能のうち、補正操舵、自動駐車、ハンドルを握った状態での車線維持機能を有する自動車は、それぞれ協定規則第 79 号に規定された各機能についての要件に適合しなければならないこととする。

じゃあその協定規則第79号ってなんだ、という話になりますが、それが下の文書です。

http://www.unece.org/fileadmin/DAM/trans/doc/2017/wp29/ECE-TRANS-WP29-1129e.pdf

これの日本語版も一応探したのですが、ありませんでした。改定前の日本語仮訳は下のページにあります。

自動車:「道路運送車両の保安基準の細目を定める告示」(平成14年国土交通省告示第619号)において技術的に引用している協定規則の日本語仮訳 - 国土交通省

その中には先程述べたCategoryの話や基準が書いてあります。その一部を紹介します。日本語訳は私が訳した拙いものです。まず定義として

2.3.4.1.2. "ACSF of Category B1" means a function which assists the driver in keeping the vehicle within the chosen lane, by influencing the lateral movement of the vehicle.

2.3.4.1.2. 「カテゴリーB1の自動操舵機能」は自動車の横方向の動きに影響を与えることによって、自動車をあるレーンの中に維持するようにドライバーを支援する機能である。

とあり、カテゴリーB1が満たすべき条件の中に次のような記述があります。

5.6.2.2.5. When the system is active and in the speed range between 10 km/h or Vsmin, whichever is higher, and Vsmax, it shall provide a means of detecting that the driver is holding the steering control.

(省略)

If, after a period of no longer than 30 seconds the driver is not holding the steering control, at least the hands or steering control in the pictorial information provided as optical warning signal shall be shown in red and an acoustic warning signal shall be provided.

The warning signals shall be active until the driver is holding the steering control, or until the system is deactivated, either manually or automatically.

The system shall be automatically deactivated at the latest 30 seconds after the acoustic warning signal has started. After deactivation the system shall clearly inform the driver about the system status by an acoustic emergency signal which is different from the previous acoustic warning signal, for at least five seconds or until the driver holds the steering control again.

5.6.2.2.5. (自動操舵)システムが動作しており、かつ速度が10km/hもしくはVsmin(システムの設計最低速度)からVsmax(システムの設計最高速度)以下のとき、そのシステムはドライバーがハンドルを保持していることを識別する手段がなければならない。

(省略)

ドライバーがハンドルを保持していない状態が30秒続かないうちに、手かハンドルのアイコンのどちらかが光って警告信号を示し、かつ警告音が鳴らなければならない。(注:カテゴリーB1の自動車では手とハンドルを示すアイコンをつける必要がある。)

ドライバーがハンドルを握るか、自動操舵システムが手動か自動かによらず無効にされるまで、その警告信号は動作していなければならない。

警告音が鳴りはじめてから30秒以上経ったあと、自動操舵システムは自動的に無効にならねばならない。 システムの無効化は先程の警報音とは異なる警報音によってドライバーに知らされなければならず、その警報音は少なくとも5秒間続くかドライバーがハンドルを握るまで続く必要がある。

確かに先程のスライドと同様のことが書いてあります。

今の車はどうなるのか

では、いま販売されている自動車は規制の対象になるのでしょうか。それは最初の記事に書いてあるとおりです。

2019年10月以降の自動運転機能を備えた新型車が対象。現在販売されている車種は21年4月から適用し、中古車は対象外とした。

今後の基準作成の方向性

ここまでで、今回の基準は手放しを前提としない車線維持機能に関する基準であることが分かりました。 では、自動車線変更の基準はどうなるのでしょうか。今後の基準作成の方向性が次のスライドに示されています。

https://www.unece.org/fileadmin/DAM/trans/doc/2017/wp1/ECE-TRANS-WP1-Automated-Vehicles-Presentation-5e.pdf

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Category C(ウインカー起点の自動車線変更)を先に基準化し、次にCategory B2(手放し車線維持)とCategory D(システム判断の自動車線変更)、Category E(連続自動操舵)の議論をレベル3, 4の議論と共に行うそうです。

確かに、手放し運転の安全基準を決めるより、自動車線変更の安全基準を決めるほうが比較的簡単そうですもんね……

手放し運転だけどドライバーは運転に集中し、事故の責任はドライバーが取るっていうのは現実的なんだろうか……?

なぜ誤解が生じるか

なぜ最初のような誤解が生じたのでしょうか。主に2点の要因があると思います。

自動運転=レベル4の自動運転のイメージがついている

自動運転と聞くと、レベル4のシステムが責任を取る自動運転の話を考えがちですが、今回、基準の対象になっているのはレベル2の現時点で実用化されている程度の自動運転車です。 レベル4の自動運転を想像すると「人がハンドルを握るなんて!」と思いがちですが、「セレナは手放し運転だめだよ」と考えれば、納得できるのではないでしょうか。

元の記事にCategory B1の話がない

そもそも、基準の対象が手放しを前提としない自動車であるので、手放し運転を規制するのは当たり前です。 その前提条件や、今回の基準の先に手放しも出来るような自動車の基準の議論も進んでいることも書けば誤解が少なくて済んだのではないでしょうか。

まとめ

  • 元々国際基準では時速10km/h以上の自動操舵機能は禁止
  • 技術の進歩に伴い、新たに自動操舵機能を認めることになった
  • その第1弾としてハンドルを握った状態の車線維持機能等を基準化
  • その要件の1つがハンズオフ警報
  • 今後は自動車線変更などの基準化が進む
  • レベル3以上や手放し運転の基準化はさらに先の話

追記:システムがオフになるのは危険では?停車すべきでは?(個人的推測多)

色々反応を見ていて、なるほどなあと思ったのが

65秒経ったらシステムが止まるのは危険では?停車すべきなのでは?

という意見です。確かにそうすべきなのではと思ったのですが基準化をするには色々課題がありそうです。

65秒以内に車を停止させることは禁止されてない

まず、基準では65秒(最大30秒待機+30秒警告+5秒最終警告)でシステムを停止することを義務づけています。 ですが、システムが動いている間にシステムで車を停止させることは禁止されていません。 つまり、デッドマン装置のような機能が必要だとメーカーが判断すれば、手放し開始から65秒以内に車を停止させるようにすればいいはずです。 現状の自動車の減速度であれば、65秒以内に100km/hや120km/hから0km/hまでブレーキをかけることは技術的には当然出来るでしょう。

なぜデッドマン装置は基準化されないのか

では、デッドマン装置も基準化すればいいじゃないかという話になりますが、それは結構難しそうです。

基準を決定する人たちも決して無視しているわけではなく、デッドマン装置を検討している節があります。

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上のスライドには危険最小化制御とあるのがデッドマン装置に該当する機能だと考えられます。 危険最小化制御の説明には「ドライバーが警告に応じない場合には、車を安全に停止させること」とあります。

ここで難しいと感じたのが安全にという部分です。 ただ車を停止させれば安全と呼べるのでしょうか。 例えば高速道路の追い越し車線に停止してしまっても良いのでしょうか。 だからと言ってCategory B1では自動車線変更を想定していないのですから、走行車線や路肩に車線変更して停止するというのも難しいそうです。

何をもって安全と呼べるかは様々な視点からの意見が必要となり、必ずしもコンセンサスが取れているとは言えないと思います。 だからこそ、今回の基準ではデッドマン装置(危険最小化制御)の基準化を見送ったのではないでしょうか。

追記まとめ

  • デッドマン装置は禁止されているわけじゃない(はず)
  • 基準化はまだ難しそう